39~68~46kg その間に

欝までの、欝からの「自分を愛せ」るか。

お金持ちの幸福とは。

日中はまだまだ暑いですね。

しかし、今日は日暮れ前までゆっくりしてたんですよ。

で、夕刊まだかなとか思いながら玄関を開けると、

大家さんが月極め駐車場のフェンスに絡んだ朝顔の枯れてしまった蔓を、引っ張ってるのが見えたんですよ。

(うちは借家で、この家の大家さんは月極め駐車場他に、

貸し長屋や、

不動産を多数所有している、90代の女性)

 

しかし、どうにも背中が寂しく見えたのは気のせいだったのか、

 

ともかく、

 

絡んだ蔓は引っ張るのも苦労だろうと、鋏を持ってきて

「鋏を使った方が楽よ」と、

声をかけました。

 

まあ、ついででしたから、

 

蔓を切り落とし纏めるのを手伝ったのですが、

ふと、大家さんが口を開いて言うことが、

 

 

「お金持ちなんて、つまらないわよね。」

 

 

なんですよ。

 

一体どうしたんだと思いまして、

何かあったのか?と尋ねました。

(私たち母娘と大家さんはタメ口)

 

では、捲し立てるように話されたのが以下の内容です。

 

 

「苦労して、苦労して、

でも辛い思いをさせまいと沢山お金をかけて、大事に子供を育て、

子供に子供(孫)が出来たら、その孫にもせめてお金にだけは苦労させまいと、

沢山お金を使って大事に大切に育てた。

(その後成長し大人になった息子がバツイチになり、孫は...女の子で、

その息子の後妻...いわゆる継母に酷く虐められていた。

大家さんの目の行き届かなかった場所で

その声は私達も良く聞いていた、児相案件だが今より20年近く昔の話だ。

私たちにも勇気がなかった。)

孫が継母に、苛められて痛くて辛い気持ちにさせたくなくて、

やりたいことは何でもさせたし、

普通の子供ではやれないことを何でもさせてやった、

欲しいものは何でも買ってやった。

だのに、

実子(娘)からは、体調を気にするような連絡もなく、息子は優しくなく、

季節の便りもなく、(娘は都会、同居してるのは息子、息子はかなり前に後妻とも別居)

それでも節目毎にお祝いやお包みも沢山してきたのに、お返しもない。息子も娘もお金には汚い。

孫はこの度結婚するけれど、前嫁にべったりだし、

虐待した継母とも連絡やり取りをしてるらしいし、

そちらとも今は仲が良いらしく式にも呼ぶとか。

お正月とかに帰省しても、結局自分たちの幸せ自慢ばかりで、息子も娘も孫も、

私を気にかけてくれない。

あんなに一生懸命子供も孫も必死に育てたのに、もう誰も可愛いとも思えない。

それに、また正月に帰省すると連絡があったから、昨夜は腹が立って、

二度と帰ってくるなと怒鳴り付けたのよ。

式も外国だし、この歳で行ける筈無いでしょう。継母にも会いたくないし。

結局お金ばかりが目当てだわ。

財産は何一つ女達には渡さない、

息子にのみ残すんだから。

息子は息子で何も出来なくて頼りにならないのに

お金だけは見てるのよ、ちゃんと。」

 

 

子育ての事は何一つ分からないけれど、

 

 

使えるもの持っているものを全力で子供に与えてきたなら、それは尊いでしょう。

しかし、

お金持ちの幸福や、不幸は、

酷く私には計りかねました。

私には無かったものを、沢山与えられてきた子供たちが、果たして幸福だったかも分からないのです。

体験してないことを、経験していないことを判断して偉そうに語ることは出来ません。

かけてやる言葉はお金にまつわらない事だろうと思いました。

しかし、お金お金お金と、お金と言う言葉を何回使うんだ、とは、思いました。

 

 

孫が虐待や学校での苛めに(あったかは分からないけど、

継母に偏見はまだある田舎地域でしたしね。

20年前なら尚更ね。)

逆境に対してお金で気持ちが耐えられたなら、

それだけは、まだましだったとも思えるけれど、

ただ、

子供は育てている人間と人間性を常に感じているし、影響する。

とは思います。

 

 

私は姪や甥を見てきたけど、

やはり私の影響は大なり小なり現れていると思うのです。

(姪も甥も手が掛かる時期は私と母に丸投げするような嫁を兄が選んだから。

私達が育てた。)

悪い影響を一つ記しますが、(飛ばして構いませんよ(笑))

 

 

孫を三人丸投げで、(土日すら問わずに)

小学生の食べ盛りなのに、面倒見ている対価のお金を貰えないような状況なら、

果たして祖母や叔母が

どれ程の娯楽や、良い食べ物を与えられますか?その範囲や嫁の許容も含めて。

 

結果的にはテレビ浸けのアニメ浸け(私がホビーアニメ好きだったから、DVDとか勝手に持ち出されたり)、

食べ物は安い駄菓子を母は与えたんですよね。

少ないお金と、持っているものだけでどうにかするしかないのだから。

 

そうなれば、並みの身体や健やかさなら、そりゃ太ります。

 

私達は父親からの影響で、その時は太ることが出来ませんでしたが、

 

図太い兄とその嫁(遺伝子がまず違うから、孫の体質も変わる)の、子供達は、 やはり神経は太かったし、食べたいものは(駄菓子や、私が作るパスタ等) 

ガンガン食べました。

飢えていました。

特に長男の子供たちは。毎日。

そうした結末としては、三人とも酷く肥満になったのです。

結局、私達の食育が悪かったからと言われたら、それはまず間違いないけれど。

母は孫がひもじいと泣けばどうにかするしかなかったのです。

安物のお徳用大入りのせんべいだらけだったとしても、です。

しかし最も重要な、

兄達の金銭援助も一切ないのに「孫を構わせてやる」と言う言い分で

育てるこちらにお金がないんだから

正しい食育が出来る筈も無いんですよ。

今でも姪は酷く太ってますし、甥たちは親離れ出来ないか、見捨てるかの二極に別れてしまいました。

 

性格は良い子に育ったのに、ある日突然育てた手が変われば、彼らも今や幸せだとは思えません。

(子供が高校卒業した所謂節目になった途端にこちらとは縁切りしてきた。

最後までご都合主義の兄と嫁だった

ちなみに長男三男です。子供(孫)は計5人ですよ。)

 

子供は使えるものは使うし、

正しい使い方を教えなきゃ、見本がなきゃ、

間違った方向に、

幾つの年齢になっても向かいますよ。

ただ口先だけで教えるだけで、実践されてない背中を見ていれば、

約束を守れない口先だけの子供になるでしょう。(矛盾があっても許されると信じるから)

そして、そこにお金が湯水のように自由になるなら、

それはもう、大きな特権を

容易く振りかざすでしょう。

何せ、際限無いのですし、使うことを許されているのですから使いますよ。他の子はお金は無いと教えられたら、

小さいときには

最大特権、最悪の武器を手に入れたことになります。

勿論問題はその後ですが。

 

親から虐げられていたなら、傷はお金で使える限りカバーしたでしょう。

酷く厭らしい方向ですが。

 

けれど、子供も孫も、ある程度の年齢になれば

選べた筈です。

 

 

私ですらも、お金にすがらない幸福と、親を切り離し、

三者を見つける幸福が選べたように。

 

 

でも大家さんの子供も孫も

お金を切り捨てることは絶対に出来なかった。

母やおばあちゃんをあっさり切り捨てはしても、です。

蛇足ですが、

 

その娘(大家さんの孫)は結局は金持ちの男を見つけて幸せであるとか。

 

似た者同士しか惹かれ合わない。

 

とは常々記してますが、

収まるべき所に納まるように納まった。

と言うのが正直な本音でしたが。

 

それを哀れなこの人には言える筈もなく、

ただ、もう1つ、間違いのないことだけを伝えました。

 

 

大家さんは「子育てをどこで間違えたのか、躾が悪かったのか」と呟くので、

 

「子育てとか躾は、何処の家でも間違いやすいとは思うけど、

ある程度からはその子の性格次第になるんだよ。

だから、別におばちゃんが間違っただけとは言わないよ。

 

それはもうその子達の性格なんだよ。」

 

お金の為におばあちゃんの家に孫が帰省するのも、

おばあちゃんの老体を考えず海外で式を挙げるのも、

しかしご祝儀はしっかりねだるのも、

それでもばあちゃんを労らず、電話をしない、メールをしないのも。

 

どんな逆境や躾があったにしても、有り余るお金を目の前にぶら下げられても。

 

何を使って、何で自分を磨き、何を糧にして、何で自分は自信を持ち、何を持って成長を感じるか。

成長期を越えた先、

第二の自分自身は新しく生まれたか。

自分で自分をどう生まれ変わらせたか。

 

それを選ぶのは結局その人次第でしょう。

 

もう、ある程度の年齢からは育てた人間からは手が離れてるんですよ。

 

親に依存する子もいれば、早く親から離れ独立する子もいる。

選んでいるのは本人ですしね。

 

とりあえず、それを告げると、

大家さんは「性格なのかな」と言うので

 

「そうだよ、別に全部おばあちゃんのせいじゃないよ」と話したあと、

 

おばちゃんは、まだ若いんだから、

カルチャープラザとか、健康センターとか、通信講座とか、趣味の集まりとか、

もう内側じゃなくて、外に友達見つけるのがいいよ。

身内より他人の方が良いときもあるよ。

とも話しましたが、

 

お金に依存してきて長い人です。

どのみちどこかでセレブ臭を強くすれば、集まる人間も二極化するでしょうが、

その、人を選ぶのも、また自身でしょう。

 

草を纏めるのにそう時間は掛かりませんでしたが、酷く長く感じましたね。

 

おばちゃんはずっと暗かったし、

 

私は帰宅しても溜め息が止まらなかったです。

 

他人事なんですけどね。

寂しさとか哀しさが妙に移ったなあと。(泣)

 

 

私は、齢50を前にして、

いつ死んでも悔いはないくらいには

幸せ一杯なんですが、(笑)

 

端から見たら

親と同居の行かず後家の孤独な独身女ですからねえ(笑)

まあ、誰が私の幸福を知らなくても構わないんですけどね。

 

満たされていれば無問題(笑)

笑ってるもの勝ちです(笑)

 

それでも、

 

 

90代の孤独な老人に対して、

しばらくは溜め息をつかずにいられませんでした。