39~68~46kg その間に

欝までの、欝からの「自分を愛せ」るか。

どんな経過だろうと自分が選んだ道。

私は、まだ人生の最盛期でも無ければ

当然終末を視ているわけじゃない。

確かに間違いなく老いて行くのだけれど、幸せの只中だと思う。

それは最大の喜びだが最上だとは思わない。

最大はこれから作るから。

それには私1人じゃ無理だ。

まあ、何が言いたいかと言うとね

 

今日仕事していたら

新人Nちゃんが「私が、仕事どうしてもと断ったら今夜はどうなってましたか?」と、

尋ねてきたので

「私一人で何とかしますよ。

だってHさんは

無理にでも今日は休まなきゃならないくらい 

多忙な正社員だからね。

私はただのパートだけど。

 

ああでも、Nちゃん。

休みが欲しいなら、仮になんと言われても断るんだよ。

絶対に譲れないならハッキリしなきゃダメだ。」とも。

その後、Nちゃんに

「資格が欲しいからパソコン講習行ってるんでしょ?

だから目が疲れるし、

休みも欲しくなるのは分かるよ。

それで休んでも私やHさんは何とか出来るよ。

ずっとそうしてきた。

だからNちゃんが今居てくれるのは正直助かっているんだよ。

で、パソコンの使い途はスキルアップ

もっと高度で高い講座の資格かな?」

と、続けて訊いてみました。

すると

「就職の為に」

と、言いましたので

「高校で幾らか資格を取らなかったの?」

と、尋ねたら

「私は高校行ってないんですよ、

結婚して、他県に出て子育てして子供巣立つ前に、

離婚して、出戻りしたんです。

で、職歴も学歴もないから、

資格取って手に職を着けたいんです」

と、話してきました。

 

私は

「まあ、職歴も学歴も

今となってはそんなに深い大切なことじゃ無いでしょ」

とは話しましたが。

 

私は、中学を出たら高校は出とくのが当たり前と諭される、かなり荒れていた時代の学生でした。

私が荒れているのではなく、必ずアウトローが周りに居るのが当然で、

苛めも、カーストも当然のように学生時代には付き物でした。

正直、中学までなら学校嫌いではなかったから

偏差値で受かりそうで資格も取れるし親が胸を張れる高校を受験したら、たまたま通りましたが、

それでもそれから先の三年が、更に卒業しての五年が、

私を苛み、尊厳は堕ちて

就職してからも、人を不信にする対人に悩まされ

人から遠ざかり

生活は苦しいのに働いても報われない。

そうして、沢山のストレスと

父親がとうとう私を病気にしました。

 

それでも、

私が病気になった半分は、

私の歪みのためだと思っています。

沢山の苛めも理不尽も対等でない扱いも苦渋も味わいましたが

私は立ち向かわなかった。

味方も居なかったけど

そんなことより、撥ね付けて反抗するべきでした。

歪んだ心や醜さの隙間は

社会に出てもつけこんでくる相手は山ほど居ました。

社会不信にもなりました。

確かにそれは社会の現実でしたが、

 

私は趣味により、その四割は癒され慰められていました。

社会が認めなくても

多角的に全国に行動すれば、人が自分を沢山認めてくれるのを理解したのです。

 

そうして30手前まではそれで善かったけど、ある時趣味にすら没頭出来なくなると、趣味友達も自然居なくなり

その実力が無ければ去る友達は、最早友達でも無いのだと理解しました。

 

その後、時間をかけても趣味を追及して続けてホームページなど開設し、沢山の閲覧者や、同人誌作成、コミケなど味わい、そこから派生し

 

その更に数年後にパートナーに出会い

 

あとは、大体今まで記してきた通りです。

 

彼女(Nちゃん)は

「今さら資格とか遅いかもですが」と、

若干自嘲しているように私には聞こえましたが、

 

好きな人に出会い、早くに恋愛し結ばれ、

他県に出て、いろんな体験もして、

子育て一通りしっかりやって、

娘を育て上げ社会に出した。

離婚は夫婦の問題だから私には口出しは出来ないけど、

 

ともかく、今は地元に戻り正社員か、

多分事務職に就職したいと願っている。

地元には友達が居て飲み会にも行く。

 

それは、

幸せの経過の後の今だし、

これからまだ努力や幸せに伸び代があり、やる気があるなら、

何も問題ないように思えました。

どちらなら、善かったと言う結果は存在しません。

私だって、女子高があんなに最悪なら資格が幾ら取れようが、人間性に大きくダメージを与えてくるなら、

果たして、進学が善かったのか、

誰かと結ばれ県外に出るべきか、

どちらが幸せかなど測りかねます。

 

別段大きくは役に立つ資格だったかは分かりませんが

タイピングや会計や会計用語が分かりやすい点では善かったかも。

 

でも、好きな人とずっと居れた時が確実に彼女(Nちゃん)にはあって、

それは資格以上に

幸福な時間を若いうちに獲得していたとも言えます。

わたしには得られなかった

「若いからこその美しい、楽しい時間の共有」と、

言うものでしょう。

 

どちらにも苦労があり多忙があり、悲しみがあり、しかし間違いなく

満ち足りた瞬間は存在する。

足跡は確実に残している。

 

少しうつ向いた彼女に対して、

 

それがどうした、今が良いなら、これから良い方を目指しているなら

学歴も職歴も知ったことか。

 

と、

言いたかったけど、

言いませんでしたけどね。

 

彼女は今は犬と暮らしてるみたいで、あとホラー好きみたいで(笑)

 

そこは話が合いそうだ(笑)

よし、話題はそこらで行こう。

と、思いました(笑)

 

 

蛇足

 

昨夜のお客様が食べ放題してましたが、用意していたあん肝を(一応五人分)視認してましたが、

必ずしもお客様が注文するとは限らないから、器とカットだけはしてました。

 

しかし、

まさかの最初のオーダーが多彩で豊富(最初は皆飛ばしてくる)、

板前は鮨に集中しなくてはならないんですが、

あん肝(と、酢の物)は

実は板前の役目でした

 

 

物事には臨機応変がある。

 

私はカウンターに入り小声で板前に

「あん肝を頂きます」と、

器と必要なタレやネギを取り出し

裏側で作業し、お客様にお出ししました。

 

結局五人全員にあん肝は出たのですが(笑)

 

 

仕事終了時に、板前に

「沢山食べられましたね、大変だったでしょう」

と、話すと

「いやあ、最初に●ちゃんが、あん肝手伝いに来てくれた時、凄く助かったよ」

と、返され

 

 

何事も

見逃さないで置きたいなあ

(私は特に人の特徴や顔は忘れてしまうから)

小さくて良いから。役に立ちたいなあ。

思いました。

 

歪んで曲がって屈折しても、

周りが歪んでない人でくるまれたなら

 

見習って変わって行けるのを私は知っています。

 

何を選びどの道を進むかは

結局自分が選択するしかない。

 

そして、私たちはもう親に指図されずに選べるし、

大切な人達が道を知らせてくれる。

そんな環境を、築いているはずなのです。

 

彼女には信じた道を貫いて欲しい。

 

仮に辞められたとしても夢があるなら、私は送り出します。

それで仮に夢破れ出戻っても、それも構わないんです。

 

酸いも甘いも苦渋も悲しみも。

私の職場の皆は、もう知ってるから。

 

 

似た者同士が一つの店に居るのですよ(笑)