ちなみに、全てバイトの話題ではありません(笑)悪しからず(笑)
ふと見つけて甦る記憶ですね(笑)ろくなことは無いんですが。
最近知人を疎遠にしようと割りきったからなのか。
やはり高校時代を思い出します。懐かしいと言うより、ただただ、暗いです。
私が根暗だった為です(笑)
高校時代は申請すればアルバイトが可能でしたから、気の合う友達(同時だから三人かな、同じクラス。
頭が良いだけで地味と言う理由で、カースト最下位だったが、苛めと言う苛めは無かった、頭がいい奴は宿題に利用される感じ。苛めと言うより都合が良い使い走りだね。早朝麦茶係やらされたりとか。勝手に決められてるとか普通。でも黙ってやってれば特別な苛めも無いわけです。
二年生あたりかな、だから修学旅行も普通に三人~四人つるんで楽しかったですよ(笑))
あ、勿論知人は含まれてません(笑)その時は彼女とはクラスが違いましたから(笑)
何で、バイトって、小遣いほしさですが、たいした額にはならなかった記憶があります(笑)
バイト内容は、郵便局の年賀状振り分けであり。内勤であり、とにかく寒い職場でした。
学生賃金でしたが、母の知人が郵便局の偉い人だったから、選考にはパスできるコネがありましたので、友達にも誘いをかけたら二つ返事だったわけです。
(面接の履歴書から、面接とかやってたら冬休みはすぐ終わるし、郵便局の仕事は二週間と縛りがあったからこそ出来たのでしょう、
あとは学校成績のみ。)
地味で黙々仕事の割には他の学生とは打ち解けなかったし、
やはり郵便局の正規の内勤の若い人は、学生に対しても可愛げとか外見で贔屓してる人は居たから(今思えば、若いあんちゃんだったなあ。
高校生にチヤホヤされたかったんだなあ。つまんね〰️(笑))、ので、
好きではなかったですね。(笑)
これはバイトだと割りきりました。
給料も初めてだった筈なのに、実は買ったものを何も覚えてないから、多分概ねは家計の足しになったかと。
二年生頃だから同人誌代金とか活動代金とかになってたかもですが、
とにかく、労働と賃金見合わないと感じたのは、
やはり、バイトにすら、カーストが存在するのを、もうこの時に感じたからでしょうね。
社会人になっても、人は位置付けとか役割を否応なしに決めつけられるのだと。
因みに。
二年生、三年生と、同じ連続でバイトしました。(笑)
勿論知人は誘いをかけてません(笑)
短期バイトだから、ましだと思ったのと、社会経験の為にでもありましたが、結果は余り明るくはなかったですね(泣)
社会もつまらないと言う印象なのは、やはり、私の卑屈さが招いたゆえです。
もっと楽しめたかも知れないのに、自分で閉ざしてました。
でも、当時は高校生。
心は柔らかく繊細だったからこそ、悪印象や苛めは根深く残るんですよ。
しかし、それすら振りほどくやり方もあったかもしれませんが、今ほど救いは無い時代でしたね。
(先生が生徒を普通に頭を拳骨したり、板で尻を叩いていた時代(笑)
今なら教育委員会沙汰とPTA沙汰ですね(笑))
ネットもスマホもあったならあったで色々あったでしょう。
私も素直さが足りなかったと言うか、学校での生活でもうだいぶ卑屈になっていたんですよ。
対人を嫌ってました。
好きなのはやはり2次元でした(笑)
ただ、コネがある以上遣りきらねばと言う責任みたいなものだけでした。
この時の友達らは賢かったから、その後卒業し正社員となり働いてた筈ですが、やはりと言うか、人間関係や、押し付け多忙で、職を変えて連絡は途絶えました。
その後(10年経ったか)その中の一人は結婚し、子供も生まれているとは、知人から聞かされた話。
晩婚の方ですね。子宝も奇跡の方。
何故知人がその情報?と言うと、
知人は高校二年生になり、苛められる立場になってからは矢鱈と友達と言うものに執着していたので、「同級生」すら「友達」カテゴリーに入れていました。
やはり私の同級生で今現在ドラッグストアにいる調剤免許を持つ子が居ますが、私には過去の同級生です。
賢かったけどやはりカーストの下に私を位置付けしてましたね。
楽だったんでしょうし、賢さが上下を着けてたんですね。(社会じゃそんなに役にたたないよ、賢さがあれば資格は取れるのは優位だが)何にせよ学生時代の地位とか位置付けは一種の承認欲求だったんでしょうね。
しかし知人にはその彼女は高校一年の時に同じクラスだった「友達」に位置付けされています。(凄い迷惑な話)
勿論その同級生は、知人から強引にLINE等交換を頼まれ共有こそしてますが、LINEに対しても返事は無しのようです。(当たり前)
過去に私のバイト先に来て、いきなりメルアド交換した上に、未だに私を友達扱いする知人の手口は同じですね。知人は何とか友達を増やしたい様子です。
何故にそこまで(泣)て、友達が居ないからでしょうが(笑)
そんな拙い伝を辿らなきゃ友達も作れないの?(泣)
しかし、LINEを既読無視する同級生の気持ちは至極当たり前です。
それは三度会えば友達、みたいな、困った関係ですし、同級生は賢く正社員しながら働いてる訳(因みに独身、知人は既婚者)ですから、知人とは話も合わないし
「何で私?一年しか付き合い無いのに、迷惑だわ」となります。
学生時代の友情の重みは、この同級生には無いわけです。カースト最下位の友達の友情は、何時だって偏ってましたしね。
勿論この同級生もカースト最下位より若干ましだったグループと現在付き合いはある様子ですが(つまり最下位だった私や知人を未だに下に見ているのは変わらない、人間性の根底に変化がない)、
私には関心のないことですから、ドラッグストアにも行きません(笑)惹かれないから敢えて行く必要もありません。
知人はそれでも度々出掛けては声を掛けているみたいですが。
相手の迷惑を読めない段階で、貴方は合わないんだよ、相手とは。
こちらが面倒になったのも、割り切れるようになったのも、「それどころじゃない」状況なんですよね。
子育てや仕事、介護、共有話題が無くてはなかなか合いませんよ。
過去の友情が成人してから先も通用するのは、本当にそれが友情だったかに由るよ。
少なくとも下層の下に更に下層カーストをわざわざ作った段階で、私には高校には友情は無かったし。
でも、私には趣味があったから、友好(好意や認め合い)は実力(この時は画力とか、本が売れるか)地元以外で作れるし、築けるのが楽しかったですね。
高校以外に逃げ場や、承認欲求を満たせる特技や趣味があった訳です。
だから下層カーストに位置付けとかされてても、他が楽しいから、
カーストに重きを置いたり、私を下に見なきゃ居づらい、或いは今ですらそんな人の見方を出来ない人は、彼のときと変わらず、哀れです。
二十歳過ぎたら地方から都市の同人誌即売会とか行きましたし、楽しかったですよ(笑)漫画や絵の師匠みたいな人も現れ、絵を習うのは楽しかったな(笑)
その時は、家庭は親父が働かなかったから、仕事以外は、その漫画友達(当時は一番仲が良かった)の近くに居ました。やはり趣味の共有があると、他はどうでも良くなります。
仕事もその時には恩師に出会ってましたから、少しずつ人間関係は変わって移って、忘れてしまいました(笑)
未だに高校を恨んでいる知人や、カーストを引きずる同級生も、完全に床や壁に塗り込めた過去になりました。
自分は悪くなかった。と、言うのは簡単ですが、
そこじゃない。
自分にも悪いところが確実にあったのです。
出来ることは確かに少ない時代でしたが、意固地だった自分は間違いなく可愛くなく、却って苛めを増長させたでしょう。
結局凝り固まった偏りのストレスでニキビまで出してしまい、自ら顔にまでコンプレックスを作ってしまった。
私が今ですら男性を好きになれないコンプレックスは常に顔から始まり、解放されたのは四十路前でした。
高校生から其処まで長い時間を無駄にしたものです(笑)
何度告白されても、信じるにはなかなか至らず、ようやく認められたにしても、その時は薬を服用していました。
薬のサポートが無ければ前向きに自分を愛せなかったのです。
遠くまで来たなあと思いますが、長く、紆余曲折と、多難のあった(死すら経験し掛けた)先の、狂おしく求めていた出会いに至るまでの道のりだったと思います。
求めれば得られるかとは思っていません。
沢山の出会いと別れ、別離、死別、叱咤と祝福が、私を育てたのです。
沢山の人が触れて行き、残った私を救う人や育てた恩師が、私を成長させ、だからこそ、かつての彼氏や私を好きになってくれた異性も牽かれてくれたのだと、思います。
私の実力でも、運命でもありません。(笑)
そう言えば、本日体重が、
38.9kgと、相成りました。
本来ならドクターストップですが、それはパートナーに話してから考えます。
母は、私に「何か病気じゃないのか?」と言いますが、腹に痛みもないのに癌も考えにくいし、
何なら血液検査は問題なく、肝臓が弱い程度ですよ。
何で、精神からのものだと考えられないかなあ(笑)
高校生の時と変わらない体格になってるのにさ。
なんで高校生の時分に私が太らなかったと思ってるのさ(笑)
元来太らない体質に加え、精神的苦痛を持ってたからでしょ(笑)
親なのに覚えてないのかなあ?(笑)
肥ってたのは単純に薬の副作用だっつの。
まあ、薬のお陰で四十路位までの8年位は、気持ちが楽だったから、良かったと言えば良かったですよ多分(笑)
デブちゃんになってからは苦痛増えたのに薬で痩せないから大変だし、辛かったけど(笑)
ダイエットも、大変だったけど、ここに来たからには、良かったと言えます。結果は出たし、ここから先はまた違う道のりが待つのでしょう。
高校生を思い起こして、ここまで記しましたが(笑)最悪に醜い自分を思いだし見直すには、いい機会です。
最悪を知るから最良をより良く実感出来ます。
今の幸福を手離さないために、私はまだ、頑張ります。
出来る限り見逃すこと無く、自分の出来ることを選択して行くつもりです。
そして、自分が信頼し、自分を愛してくれる人を失望させない様に、私も相手を信じて真実を話す間柄でいるつもりです。
もう、自分のための嘘は、見栄のための嘘は必要な年齢ではありません。
そして、知人も、もうあのときの高校生だった彼女では無いのです。
見栄を張りたい人は、私には大切な人ではありません。